▼2009年12月19日
明らめる時が来ました。
最近余計な力が本当に入らなくなりました。
なんというか、自分がストローになって、
天からエネルギーが流れている感じ。
シンクロもよく起こるようになったし、
NOもはっきり言えるようになったし、
世間体より本音を大切にするようになったし、
自分にとって大切なことに優先順位をつけることも、
随分と出来るようになりました。
前は何を買うにも、調べるにも死ぬほどリサーチしていました。
それが楽しかったし、ストレス解消になっていました。
でも今ではそれも必要最低限になりました。
繋がることを意識して、自らを差し出す事ができれば、
本当に必要な情報は向こうからやってくるのです。
で、私は思います。
レイキの前にチル大やアラビアンや馬セミナーが、
あったからこその今なのだと。
私にとってこれらは、理想と現実のバランスをとる為の
またバーチャルとリアルの橋渡しとなる
大切なステップでした。
小さい頃から私の頭の中には常に色々なアイディアが渦巻いていました。
しかし、それをなかなか現実に落とし込み、作品や仕事として、
形にすることが出来ずにずっと苦しんでいました。
アイディアが活かせると思った広告業界には学歴が足らずに門前払い。
(後に大不況となった広告業界をみて、行かなくて良かったと思ってますが)
ゲーム開発の仕事はピラミッドの頂点にあたる人以外は、
ひたすら歯車のように、ただただパソコンで作業するだけで
実際の作業はクリエイティブな物とは程遠い感じでした。
(もちろん、この死ぬほどつまらない仕事をしっかりと
やり遂げたことは私の自信になっていて、
本当に多くのことを仕事で学びました。)
体調不良で、仕事を辞めた頃にはアイデアも枯れ果て、
ただ自分は才能が無かったのだと、諦めの境地に。
「家族と小さな平和を守っていけばいいや。」
と思って腹をくくっていました。
仕事を辞めて旦那以外とは関わらない生活は
それはそれで楽しく安らかな生活でした。
しかし、不安が無いわけでもありませんでした。
こんなちっぽけな私達に育てられる子供は
この先の世の中で本当に幸せになれるのだろうか?
そういう不安をあるときはスピリチュアルな真理を
学ぶことで安心に変えてきました。
しかし、それだけでは足りない。
そんな思いを抱いている時に私はチルドレン大学に出会いました。
チル大はエキサイティングな刺激にあふれていました。
みんなと色々な意見を交わすうちに、
アイデアマンとしての私の感性は蘇ってきました。
何よりマミーにそれらを受け入れてもらったことが
本当に嬉しかったし自信になりました。
チル大という未来のビジョンを語り合うバーチャル空間は
私にとって、母の胎内のように居心地が良かったです。
でも、そんなアイディア達も本気で実現させる準備や覚悟が
私には足りませんでした。
結局地に足が着いていなかったのでした。
今だからはっきり分かるのですが、
テキサスに行って、私が持ち帰った課題とは、
私は私のアイデアを具現化するツールを持って、
一刻も早く自分も自分の道を進まないといけない!
次の舞台へとコマを進めなければいけないという思いでした。
マミーやチル大のみんなからは
インディペンデントに行動すること、甘えず、甘えさせないこと、
自ら、良い目的の為に動くこと。本心と言葉を合わせること、等等
本当に色んなことを学びました。
私は変化が怖くて仕方が無かったのですが、
その恐怖を克服することができたのはチル大のおかげだと思います。
本人が望む望まないにかかわらず、私達は波に漂っているがごとく
その時が来れば強制的に成長させられる。
それは時には不幸に見える出来事という形でもやってくる。
それは39年間生きてきて私自身が確信していることです。
そうであるならば能動的に成長したい。
そして死ぬ瞬間まで後悔したくない。
もうワークもあと一週間で終わりを迎えます。
何をすれば私の個性が活かされて、人の役に経つのか?
私ならではの活動、それを現実に落とし込むのにはどうすればいいか?
そんなことを考えつつ、好きなこと、奉仕、スピリチュアル、健康
子供の成長、金銭的な問題、社会的な役割、等々
自分の中で色々と問うてきましたが、
そういうことがすべてクリアーになってきた実感がします。
今ようやく現実に新しい一歩を踏み出せそうです。
なんというか、自分がストローになって、
天からエネルギーが流れている感じ。
シンクロもよく起こるようになったし、
NOもはっきり言えるようになったし、
世間体より本音を大切にするようになったし、
自分にとって大切なことに優先順位をつけることも、
随分と出来るようになりました。
前は何を買うにも、調べるにも死ぬほどリサーチしていました。
それが楽しかったし、ストレス解消になっていました。
でも今ではそれも必要最低限になりました。
繋がることを意識して、自らを差し出す事ができれば、
本当に必要な情報は向こうからやってくるのです。
で、私は思います。
レイキの前にチル大やアラビアンや馬セミナーが、
あったからこその今なのだと。
私にとってこれらは、理想と現実のバランスをとる為の
またバーチャルとリアルの橋渡しとなる
大切なステップでした。
小さい頃から私の頭の中には常に色々なアイディアが渦巻いていました。
しかし、それをなかなか現実に落とし込み、作品や仕事として、
形にすることが出来ずにずっと苦しんでいました。
アイディアが活かせると思った広告業界には学歴が足らずに門前払い。
(後に大不況となった広告業界をみて、行かなくて良かったと思ってますが)
ゲーム開発の仕事はピラミッドの頂点にあたる人以外は、
ひたすら歯車のように、ただただパソコンで作業するだけで
実際の作業はクリエイティブな物とは程遠い感じでした。
(もちろん、この死ぬほどつまらない仕事をしっかりと
やり遂げたことは私の自信になっていて、
本当に多くのことを仕事で学びました。)
体調不良で、仕事を辞めた頃にはアイデアも枯れ果て、
ただ自分は才能が無かったのだと、諦めの境地に。
「家族と小さな平和を守っていけばいいや。」
と思って腹をくくっていました。
仕事を辞めて旦那以外とは関わらない生活は
それはそれで楽しく安らかな生活でした。
しかし、不安が無いわけでもありませんでした。
こんなちっぽけな私達に育てられる子供は
この先の世の中で本当に幸せになれるのだろうか?
そういう不安をあるときはスピリチュアルな真理を
学ぶことで安心に変えてきました。
しかし、それだけでは足りない。
そんな思いを抱いている時に私はチルドレン大学に出会いました。
チル大はエキサイティングな刺激にあふれていました。
みんなと色々な意見を交わすうちに、
アイデアマンとしての私の感性は蘇ってきました。
何よりマミーにそれらを受け入れてもらったことが
本当に嬉しかったし自信になりました。
チル大という未来のビジョンを語り合うバーチャル空間は
私にとって、母の胎内のように居心地が良かったです。
でも、そんなアイディア達も本気で実現させる準備や覚悟が
私には足りませんでした。
結局地に足が着いていなかったのでした。
今だからはっきり分かるのですが、
テキサスに行って、私が持ち帰った課題とは、
私は私のアイデアを具現化するツールを持って、
一刻も早く自分も自分の道を進まないといけない!
次の舞台へとコマを進めなければいけないという思いでした。
マミーやチル大のみんなからは
インディペンデントに行動すること、甘えず、甘えさせないこと、
自ら、良い目的の為に動くこと。本心と言葉を合わせること、等等
本当に色んなことを学びました。
私は変化が怖くて仕方が無かったのですが、
その恐怖を克服することができたのはチル大のおかげだと思います。
本人が望む望まないにかかわらず、私達は波に漂っているがごとく
その時が来れば強制的に成長させられる。
それは時には不幸に見える出来事という形でもやってくる。
それは39年間生きてきて私自身が確信していることです。
そうであるならば能動的に成長したい。
そして死ぬ瞬間まで後悔したくない。
もうワークもあと一週間で終わりを迎えます。
何をすれば私の個性が活かされて、人の役に経つのか?
私ならではの活動、それを現実に落とし込むのにはどうすればいいか?
そんなことを考えつつ、好きなこと、奉仕、スピリチュアル、健康
子供の成長、金銭的な問題、社会的な役割、等々
自分の中で色々と問うてきましたが、
そういうことがすべてクリアーになってきた実感がします。
今ようやく現実に新しい一歩を踏み出せそうです。
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