▼2009年12月22日
家族de習字
年の瀬ですね~
皆さん年賀状はもう書きましたか?
毎年のことながら、我が家はまだです。
しかし、そろそろデッドラインが近づいてきたので、
重い腰を上げてみました。
そこで、年賀状の文字など書いてみることにしました。
実はその昔書道を習っていたのですが、
私がもっている立派な硯や墨や筆を墨汁で汚すのは
しのびなかったので、近所のスーパーで書道セットを
2000円程でそろえてきました。

墨字を書くのは娘の名づけ以来。

私が書くと「私もかきたーい!! 」と、娘。
実は以前近所の書道教室で冷やかし体験して以来、
書道には関心を持っていた彼女。

あけまして あけまして。。。
面白そうなことには旦那もよってきます。

こうやって一人2枚づつ順番に書いて、何回も書きました。
これが結構面白い!
人が書く所を見ながら、順番を待っていると、
自分ならああ書くなとか、次はこういう感じでやってみよう!とか、
まるでカラオケの時のように早く自分の番になって!
という気持ちが不思議と出てきて、かなり盛り上がりました。
人が書いている間はお茶を飲みつつ一休みできるのも魅力的。

習字ってお手本を見ながらそれ通りかかなきゃいけない!
って印象をずっと持っていたのですが、
勿論、そのように練習をすることは習字の基本ですが、
まずは、自分がよい!と思う字を書いてみる。
そして、自分らしい字を書いてみる。
そうすることで、綺麗な字がいかにして美しく書けているかとう
洞察が深くなり、習字の意味が格段と深まるのだそうです。
字は同じものを書いても人によって、ほんとに個性が様々です。
良寛さんの書が人気があるのは、ただ美しいからだけではなく、
良寛さんにしか書けない字だから人気があるです。
ポイントは「私は字が下手だから。。。」という気持ちを持たない事。
別に得意先にお歳暮を贈る為の表書きをするわけでも、
書道展に出品するわけでもありません。
自分が思う最高だと思う字を紙にしたためて見る。
それは上手くはいかないかもしれないけれど、
自分の中にあるものを形にしてみるというのは
とても創造的な行為です。
字を書くことは日本人にとって、もっとも身近なアートです。
新年の抱負をこうやって家族で考えながら、
書初めしてみると、三日坊主にならずに済むかも!?
家族で習字はオススメです!!
皆さん年賀状はもう書きましたか?
毎年のことながら、我が家はまだです。
しかし、そろそろデッドラインが近づいてきたので、
重い腰を上げてみました。
そこで、年賀状の文字など書いてみることにしました。
実はその昔書道を習っていたのですが、
私がもっている立派な硯や墨や筆を墨汁で汚すのは
しのびなかったので、近所のスーパーで書道セットを
2000円程でそろえてきました。

墨字を書くのは娘の名づけ以来。

私が書くと「私もかきたーい!! 」と、娘。
実は以前近所の書道教室で冷やかし体験して以来、
書道には関心を持っていた彼女。

あけまして あけまして。。。
面白そうなことには旦那もよってきます。

こうやって一人2枚づつ順番に書いて、何回も書きました。
これが結構面白い!
人が書く所を見ながら、順番を待っていると、
自分ならああ書くなとか、次はこういう感じでやってみよう!とか、
まるでカラオケの時のように早く自分の番になって!
という気持ちが不思議と出てきて、かなり盛り上がりました。
人が書いている間はお茶を飲みつつ一休みできるのも魅力的。

習字ってお手本を見ながらそれ通りかかなきゃいけない!
って印象をずっと持っていたのですが、
勿論、そのように練習をすることは習字の基本ですが、
まずは、自分がよい!と思う字を書いてみる。
そして、自分らしい字を書いてみる。
そうすることで、綺麗な字がいかにして美しく書けているかとう
洞察が深くなり、習字の意味が格段と深まるのだそうです。
字は同じものを書いても人によって、ほんとに個性が様々です。
良寛さんの書が人気があるのは、ただ美しいからだけではなく、
良寛さんにしか書けない字だから人気があるです。
ポイントは「私は字が下手だから。。。」という気持ちを持たない事。
別に得意先にお歳暮を贈る為の表書きをするわけでも、
書道展に出品するわけでもありません。
自分が思う最高だと思う字を紙にしたためて見る。
それは上手くはいかないかもしれないけれど、
自分の中にあるものを形にしてみるというのは
とても創造的な行為です。
字を書くことは日本人にとって、もっとも身近なアートです。
新年の抱負をこうやって家族で考えながら、
書初めしてみると、三日坊主にならずに済むかも!?
家族で習字はオススメです!!
▼2009年12月20日
こころ咲かせて@佐藤初女さんのこと
もうすぐこのブログタイトルも終わりにしようと思っています。
その前にずっと書きたくても書けなかった、今年最大と言ってもいい
佐藤初女さんとのショッキングな出会いについて書いておきます。
初女さんの存在は12年程前、ドキュメンタリー映画で知りました。
この映画のスポンサーだった稲盛和夫氏のグループ会社にいたので、
会社で「地球交響曲 第二番」を見ることができたラッキーな私。
しかし、多くの社員、特に若い開発員は内容に興味をもたずに
居眠りしたり、斜めに見ていて、若かった私は、こういう映画を
真面目に見ることを少し恥ずかしく思いながら、静かに感動していました。
しかし、そんな社員たちも、初女さんのおむすびを作るシーンは
強烈にインパクトに残っていて、「おいしそう!たべたい!!」
と口々に言って後から感想を述べていました。
心の貧しい(って言い切っちゃいますよ、もう私は!)
現代人をもうならせる、初女さんのおにぎり。
やはり、人の心を一番つかむのは胃袋なのか?
この時私はそんな印象をもちました。
時がすぎて、チル大コミュ。
チル大コミュでは普通にマザーテレサとかの話がされたり、
「地球交響曲」の話に共感する人が沢山いました。
所変わればなんだなぁ。
何に価値を見出すかはその人の自由と思う反面、
本当にいいものは、その価値を感じる下地が必要なのだ。
だからこそ、安易な流行に流されず骨太の良いものを
子供に与える必要があるのだなと、今でははっきりと思います。
さて、今年の春に、チル大スタッフのまなりんがお知らせしてくれた
初女さんの講演会に、テキサスにも一緒に行ったチル大生の竜田ちゃん
とお友達のかおりさんと講演会に行きました。
佐藤初女さんは、「森のイスキア」という宿泊施設を主催しています。
ここには、心身ともに疲れた人たちが沢山訪れるそうです。
初女さん自身語っておられるのは、これといった特別な活動ではなく、
ただ料理を心を込めて丁寧に作り、召し上がっていただいたり、
一緒に料理をつくったり、じっと話に耳を傾けているだけだと。
そんな地道な活動をずっと続けてこられたそうです。
講演会の前に20分ほど、その日のサイン本となった
「こころ咲かせて」の本文のダイジェストをビデオで視聴しました。
「ただ、私がいつも心がけていることがあります。
それは、訪れた方を家族として迎え、あるがままのその人を受け入れて、
ゆっくりとくつろいでいただくことです。
そしてその人の言葉に耳を傾け、
その人に心を置き換えて共感したいと思うのです。」
私はこの文を読み上げるナレーションを聞いて思わず涙がこぼれました。
心から羨ましい!と思ったのでした。
心から人に心を寄せると必ずとはいえなくても人は答えてくれる。
その実感は私には確かにありました。
そうは言っても、心から人に心を寄せるというのは、
中々できることではありません。
それはその人が未熟だからという理由もありますが、
忙しい現代では、なかなかそういうチャンスを自分で見つけて
行動して作っていかないと難しいということです。
初女さんは自らの生活を投げ出して、奉仕活動をされている方です。
以前はそういった奉仕活動をされている方を
「偉い人なのね。。。そういう事はやるべきだと思うけど、
でも今の私にはちょっと難しいかな」
位の感じで外から眺めていました。
今も実際は殆ど何も行動できてないので、
やはり眺めている状態といえるでしょう。
でも、今は「ボランティアしなきゃ!」とかそうことではなく、
本当に心が満たされて充実される事というのは
やはりマザーテレサや初女さんのように、
自分の身をお役目にささげた状態にあるのだという
確信ができました。
公演の話に戻りますが、本で書かれた内容を、
東北訛でとつとつとしゃべる初女さんのお話を聞きながら、
「講演会でしゃべるのはそんなに上手ではないな」
なんてはじめは失礼にも、評価していました。
それより前に本田健さんの流暢なしゃべりを聞いていたので、
そのギャップがあったからでした。
しかし、いつしかそんなことはどうでもよくなり、話に聞き入っていました。
言葉じゃないんだ。生き様なんだ。
同じことを別の人が話したら全くつまらないものになるかもしれない。
でも、天に繋がる本物の活動をコツコツと積み重ねて、
真剣に生きてきた人の底知れぬ静かな迫力を私はそこに見ました。
公演が終わった後、100名近くいた客のほぼ全員が本を買い、
初女さんのサインをまつこととなりました。
ひとりひとり丁寧に「こころ咲かせて」と筆でサインする初女さん。
息を詰めて真剣勝負で書いていました。
きっと日常の料理もこのように丁寧に、丁寧に作っているのでしょう。
そんな初女さんのゆっくりした時間に開場全体が満たされていました。
1時間以上待ったでしょうか?ようやく私の番がきて、あろうことか、
私はそんな初女さんの手を止めて握手を求めてしまいました。
チル大のみんなに還元したい!という大義名分を言い訳に、
初女さんのパワーを分けていただきたい。
そんな怪しい、卑しい気持ちがあったのでした。
そもそも年下の人間が年上の人に握手を求めるなどということは
初女さんの時代にはありえないことではなかったのではないでしょうか。
2時間近く根を詰めてサインを一つ一つ丁寧に書く80を過ぎた人に
本当に図々しいというか、無礼で無情なことをしてしまったと思います。
初女さんは最初「え?」という驚いた顔をしましたが、
それから一拍おいて、丁寧に丁寧に両手で私の手をにぎり、
深くお辞儀をしながら握手してくださいました。
その日から、私は初女さんのような生き方が
最終目標になりました。



初女さんの話をチル大で知り合ったお友達の猫ちゃんにすると
「そうだね、年を重ねて自然にそういう境地にいければいいね」
とコメントをくれました。
確かに。
そこに至るまでにはもう少し色々と行く道があると思います。
いつも猫ちゃんは私の肩の力を抜いてくれるような
暖かく包むようなアドバイスをくれます。
ワーカーホリックで旦那以外に心から話す人間が側にいなかった頃、
私には二度と友達なんかできないのかなぁ。。。
なんて思っていた時期がありました。
今年は人として、心から感動したことを話すことができて、
なおかつ心からアドバイスをくれる友達が何人もできました。
これこそ人生の宝だと思います。
その前にずっと書きたくても書けなかった、今年最大と言ってもいい
佐藤初女さんとのショッキングな出会いについて書いておきます。
初女さんの存在は12年程前、ドキュメンタリー映画で知りました。
この映画のスポンサーだった稲盛和夫氏のグループ会社にいたので、
会社で「地球交響曲 第二番」を見ることができたラッキーな私。
しかし、多くの社員、特に若い開発員は内容に興味をもたずに
居眠りしたり、斜めに見ていて、若かった私は、こういう映画を
真面目に見ることを少し恥ずかしく思いながら、静かに感動していました。
しかし、そんな社員たちも、初女さんのおむすびを作るシーンは
強烈にインパクトに残っていて、「おいしそう!たべたい!!」
と口々に言って後から感想を述べていました。
心の貧しい(って言い切っちゃいますよ、もう私は!)
現代人をもうならせる、初女さんのおにぎり。
やはり、人の心を一番つかむのは胃袋なのか?
この時私はそんな印象をもちました。
時がすぎて、チル大コミュ。
チル大コミュでは普通にマザーテレサとかの話がされたり、
「地球交響曲」の話に共感する人が沢山いました。
所変わればなんだなぁ。
何に価値を見出すかはその人の自由と思う反面、
本当にいいものは、その価値を感じる下地が必要なのだ。
だからこそ、安易な流行に流されず骨太の良いものを
子供に与える必要があるのだなと、今でははっきりと思います。
さて、今年の春に、チル大スタッフのまなりんがお知らせしてくれた
初女さんの講演会に、テキサスにも一緒に行ったチル大生の竜田ちゃん
とお友達のかおりさんと講演会に行きました。
佐藤初女さんは、「森のイスキア」という宿泊施設を主催しています。
ここには、心身ともに疲れた人たちが沢山訪れるそうです。
初女さん自身語っておられるのは、これといった特別な活動ではなく、
ただ料理を心を込めて丁寧に作り、召し上がっていただいたり、
一緒に料理をつくったり、じっと話に耳を傾けているだけだと。
そんな地道な活動をずっと続けてこられたそうです。
講演会の前に20分ほど、その日のサイン本となった
「こころ咲かせて」の本文のダイジェストをビデオで視聴しました。
「ただ、私がいつも心がけていることがあります。
それは、訪れた方を家族として迎え、あるがままのその人を受け入れて、
ゆっくりとくつろいでいただくことです。
そしてその人の言葉に耳を傾け、
その人に心を置き換えて共感したいと思うのです。」
私はこの文を読み上げるナレーションを聞いて思わず涙がこぼれました。
心から羨ましい!と思ったのでした。
心から人に心を寄せると必ずとはいえなくても人は答えてくれる。
その実感は私には確かにありました。
そうは言っても、心から人に心を寄せるというのは、
中々できることではありません。
それはその人が未熟だからという理由もありますが、
忙しい現代では、なかなかそういうチャンスを自分で見つけて
行動して作っていかないと難しいということです。
初女さんは自らの生活を投げ出して、奉仕活動をされている方です。
以前はそういった奉仕活動をされている方を
「偉い人なのね。。。そういう事はやるべきだと思うけど、
でも今の私にはちょっと難しいかな」
位の感じで外から眺めていました。
今も実際は殆ど何も行動できてないので、
やはり眺めている状態といえるでしょう。
でも、今は「ボランティアしなきゃ!」とかそうことではなく、
本当に心が満たされて充実される事というのは
やはりマザーテレサや初女さんのように、
自分の身をお役目にささげた状態にあるのだという
確信ができました。
公演の話に戻りますが、本で書かれた内容を、
東北訛でとつとつとしゃべる初女さんのお話を聞きながら、
「講演会でしゃべるのはそんなに上手ではないな」
なんてはじめは失礼にも、評価していました。
それより前に本田健さんの流暢なしゃべりを聞いていたので、
そのギャップがあったからでした。
しかし、いつしかそんなことはどうでもよくなり、話に聞き入っていました。
言葉じゃないんだ。生き様なんだ。
同じことを別の人が話したら全くつまらないものになるかもしれない。
でも、天に繋がる本物の活動をコツコツと積み重ねて、
真剣に生きてきた人の底知れぬ静かな迫力を私はそこに見ました。
公演が終わった後、100名近くいた客のほぼ全員が本を買い、
初女さんのサインをまつこととなりました。
ひとりひとり丁寧に「こころ咲かせて」と筆でサインする初女さん。
息を詰めて真剣勝負で書いていました。
きっと日常の料理もこのように丁寧に、丁寧に作っているのでしょう。
そんな初女さんのゆっくりした時間に開場全体が満たされていました。
1時間以上待ったでしょうか?ようやく私の番がきて、あろうことか、
私はそんな初女さんの手を止めて握手を求めてしまいました。
チル大のみんなに還元したい!という大義名分を言い訳に、
初女さんのパワーを分けていただきたい。
そんな怪しい、卑しい気持ちがあったのでした。
そもそも年下の人間が年上の人に握手を求めるなどということは
初女さんの時代にはありえないことではなかったのではないでしょうか。
2時間近く根を詰めてサインを一つ一つ丁寧に書く80を過ぎた人に
本当に図々しいというか、無礼で無情なことをしてしまったと思います。
初女さんは最初「え?」という驚いた顔をしましたが、
それから一拍おいて、丁寧に丁寧に両手で私の手をにぎり、
深くお辞儀をしながら握手してくださいました。
その日から、私は初女さんのような生き方が
最終目標になりました。



初女さんの話をチル大で知り合ったお友達の猫ちゃんにすると
「そうだね、年を重ねて自然にそういう境地にいければいいね」
とコメントをくれました。
確かに。
そこに至るまでにはもう少し色々と行く道があると思います。
いつも猫ちゃんは私の肩の力を抜いてくれるような
暖かく包むようなアドバイスをくれます。
ワーカーホリックで旦那以外に心から話す人間が側にいなかった頃、
私には二度と友達なんかできないのかなぁ。。。
なんて思っていた時期がありました。
今年は人として、心から感動したことを話すことができて、
なおかつ心からアドバイスをくれる友達が何人もできました。
これこそ人生の宝だと思います。
タグ :佐藤初女
▼2009年12月19日
明らめる時が来ました。
最近余計な力が本当に入らなくなりました。
なんというか、自分がストローになって、
天からエネルギーが流れている感じ。
シンクロもよく起こるようになったし、
NOもはっきり言えるようになったし、
世間体より本音を大切にするようになったし、
自分にとって大切なことに優先順位をつけることも、
随分と出来るようになりました。
前は何を買うにも、調べるにも死ぬほどリサーチしていました。
それが楽しかったし、ストレス解消になっていました。
でも今ではそれも必要最低限になりました。
繋がることを意識して、自らを差し出す事ができれば、
本当に必要な情報は向こうからやってくるのです。
で、私は思います。
レイキの前にチル大やアラビアンや馬セミナーが、
あったからこその今なのだと。
私にとってこれらは、理想と現実のバランスをとる為の
またバーチャルとリアルの橋渡しとなる
大切なステップでした。
小さい頃から私の頭の中には常に色々なアイディアが渦巻いていました。
しかし、それをなかなか現実に落とし込み、作品や仕事として、
形にすることが出来ずにずっと苦しんでいました。
アイディアが活かせると思った広告業界には学歴が足らずに門前払い。
(後に大不況となった広告業界をみて、行かなくて良かったと思ってますが)
ゲーム開発の仕事はピラミッドの頂点にあたる人以外は、
ひたすら歯車のように、ただただパソコンで作業するだけで
実際の作業はクリエイティブな物とは程遠い感じでした。
(もちろん、この死ぬほどつまらない仕事をしっかりと
やり遂げたことは私の自信になっていて、
本当に多くのことを仕事で学びました。)
体調不良で、仕事を辞めた頃にはアイデアも枯れ果て、
ただ自分は才能が無かったのだと、諦めの境地に。
「家族と小さな平和を守っていけばいいや。」
と思って腹をくくっていました。
仕事を辞めて旦那以外とは関わらない生活は
それはそれで楽しく安らかな生活でした。
しかし、不安が無いわけでもありませんでした。
こんなちっぽけな私達に育てられる子供は
この先の世の中で本当に幸せになれるのだろうか?
そういう不安をあるときはスピリチュアルな真理を
学ぶことで安心に変えてきました。
しかし、それだけでは足りない。
そんな思いを抱いている時に私はチルドレン大学に出会いました。
チル大はエキサイティングな刺激にあふれていました。
みんなと色々な意見を交わすうちに、
アイデアマンとしての私の感性は蘇ってきました。
何よりマミーにそれらを受け入れてもらったことが
本当に嬉しかったし自信になりました。
チル大という未来のビジョンを語り合うバーチャル空間は
私にとって、母の胎内のように居心地が良かったです。
でも、そんなアイディア達も本気で実現させる準備や覚悟が
私には足りませんでした。
結局地に足が着いていなかったのでした。
今だからはっきり分かるのですが、
テキサスに行って、私が持ち帰った課題とは、
私は私のアイデアを具現化するツールを持って、
一刻も早く自分も自分の道を進まないといけない!
次の舞台へとコマを進めなければいけないという思いでした。
マミーやチル大のみんなからは
インディペンデントに行動すること、甘えず、甘えさせないこと、
自ら、良い目的の為に動くこと。本心と言葉を合わせること、等等
本当に色んなことを学びました。
私は変化が怖くて仕方が無かったのですが、
その恐怖を克服することができたのはチル大のおかげだと思います。
本人が望む望まないにかかわらず、私達は波に漂っているがごとく
その時が来れば強制的に成長させられる。
それは時には不幸に見える出来事という形でもやってくる。
それは39年間生きてきて私自身が確信していることです。
そうであるならば能動的に成長したい。
そして死ぬ瞬間まで後悔したくない。
もうワークもあと一週間で終わりを迎えます。
何をすれば私の個性が活かされて、人の役に経つのか?
私ならではの活動、それを現実に落とし込むのにはどうすればいいか?
そんなことを考えつつ、好きなこと、奉仕、スピリチュアル、健康
子供の成長、金銭的な問題、社会的な役割、等々
自分の中で色々と問うてきましたが、
そういうことがすべてクリアーになってきた実感がします。
今ようやく現実に新しい一歩を踏み出せそうです。
なんというか、自分がストローになって、
天からエネルギーが流れている感じ。
シンクロもよく起こるようになったし、
NOもはっきり言えるようになったし、
世間体より本音を大切にするようになったし、
自分にとって大切なことに優先順位をつけることも、
随分と出来るようになりました。
前は何を買うにも、調べるにも死ぬほどリサーチしていました。
それが楽しかったし、ストレス解消になっていました。
でも今ではそれも必要最低限になりました。
繋がることを意識して、自らを差し出す事ができれば、
本当に必要な情報は向こうからやってくるのです。
で、私は思います。
レイキの前にチル大やアラビアンや馬セミナーが、
あったからこその今なのだと。
私にとってこれらは、理想と現実のバランスをとる為の
またバーチャルとリアルの橋渡しとなる
大切なステップでした。
小さい頃から私の頭の中には常に色々なアイディアが渦巻いていました。
しかし、それをなかなか現実に落とし込み、作品や仕事として、
形にすることが出来ずにずっと苦しんでいました。
アイディアが活かせると思った広告業界には学歴が足らずに門前払い。
(後に大不況となった広告業界をみて、行かなくて良かったと思ってますが)
ゲーム開発の仕事はピラミッドの頂点にあたる人以外は、
ひたすら歯車のように、ただただパソコンで作業するだけで
実際の作業はクリエイティブな物とは程遠い感じでした。
(もちろん、この死ぬほどつまらない仕事をしっかりと
やり遂げたことは私の自信になっていて、
本当に多くのことを仕事で学びました。)
体調不良で、仕事を辞めた頃にはアイデアも枯れ果て、
ただ自分は才能が無かったのだと、諦めの境地に。
「家族と小さな平和を守っていけばいいや。」
と思って腹をくくっていました。
仕事を辞めて旦那以外とは関わらない生活は
それはそれで楽しく安らかな生活でした。
しかし、不安が無いわけでもありませんでした。
こんなちっぽけな私達に育てられる子供は
この先の世の中で本当に幸せになれるのだろうか?
そういう不安をあるときはスピリチュアルな真理を
学ぶことで安心に変えてきました。
しかし、それだけでは足りない。
そんな思いを抱いている時に私はチルドレン大学に出会いました。
チル大はエキサイティングな刺激にあふれていました。
みんなと色々な意見を交わすうちに、
アイデアマンとしての私の感性は蘇ってきました。
何よりマミーにそれらを受け入れてもらったことが
本当に嬉しかったし自信になりました。
チル大という未来のビジョンを語り合うバーチャル空間は
私にとって、母の胎内のように居心地が良かったです。
でも、そんなアイディア達も本気で実現させる準備や覚悟が
私には足りませんでした。
結局地に足が着いていなかったのでした。
今だからはっきり分かるのですが、
テキサスに行って、私が持ち帰った課題とは、
私は私のアイデアを具現化するツールを持って、
一刻も早く自分も自分の道を進まないといけない!
次の舞台へとコマを進めなければいけないという思いでした。
マミーやチル大のみんなからは
インディペンデントに行動すること、甘えず、甘えさせないこと、
自ら、良い目的の為に動くこと。本心と言葉を合わせること、等等
本当に色んなことを学びました。
私は変化が怖くて仕方が無かったのですが、
その恐怖を克服することができたのはチル大のおかげだと思います。
本人が望む望まないにかかわらず、私達は波に漂っているがごとく
その時が来れば強制的に成長させられる。
それは時には不幸に見える出来事という形でもやってくる。
それは39年間生きてきて私自身が確信していることです。
そうであるならば能動的に成長したい。
そして死ぬ瞬間まで後悔したくない。
もうワークもあと一週間で終わりを迎えます。
何をすれば私の個性が活かされて、人の役に経つのか?
私ならではの活動、それを現実に落とし込むのにはどうすればいいか?
そんなことを考えつつ、好きなこと、奉仕、スピリチュアル、健康
子供の成長、金銭的な問題、社会的な役割、等々
自分の中で色々と問うてきましたが、
そういうことがすべてクリアーになってきた実感がします。
今ようやく現実に新しい一歩を踏み出せそうです。
▼2009年12月18日
考える教育@虹色オンライン教室とGDV教育
最近大前研一のメルマガをよく読んでいます。
大前研一曰く、
世界のどこに出しても通用する人間を育成する方法、
これは2つしかない。
ひとつは詰め込みの韓国方式、
もうひとつは考える北欧方式
かつての猛烈詰め込み式の勉強はもう、日本人には無理。
かといって、北欧型の考えさせる教育ができる人材が
日本にはきわめて少ないのだそう。
なので、それができる大学を自分で作ると言っていました。
この記事を読んで、ヨコミネ式やカヨコ式は、どちらかというと、
詰め込み式の教育に耐えうる基礎体力をつけようとしている
教育方法なのかもしれない。と、私は思いました。
彼らがもつ「世界に負けない日本」というコンセプトは、
競争が激しい社会で生きる為の訓練である。と。
今でも私は、これらのメソッドは一つの方法だと思っていますが、
やはりわが子に受けさせるなら北欧型の考える教育の方を希望します。
いっぽうで、自分で考える力を養うことがコンセプトの
チルドレン大学や虹色教室は、今のこの話のテーマでざっくり分けると
やはり北欧型の流れなのだと思います。
そして以前私が感銘を受けた本「りんごは赤じゃない」の
モデルとなった太田先生のGVD教育も
きっとその一つではないかと思います。
太田美恵子先生のGDV教育
http://home.e03.itscom.net/gdvi/gdvi.html
GDVはこんな活動をしている。
http://home.e03.itscom.net/gdvi/brazil.html
実は先日、私は太田先生の講演会に興味があるので
講演会の日程を教えてくださーいと軽い気持ちで
私はメールを送ってみました。
すると、こんな返事がかえってきました!!
大変嬉しいメールをありがとうございます。
「りんご・・・」を読んでくださったのですね。
人間が育っていく姿を見ることが出来るのは何にも変えがたい喜びです。
今も栃木に週に一度行き、先生方にGDV教育の指導をさせていただいています。
東京近辺の講演はまだ日時が決まっていませんがお話は頂いています。
もしお願いが出来ますなら、後田様が企画をして下さり、太田を呼んでくださいますとありがたいのですが・・・。
出来るだけ多くの方々に太田が十数年かけて創り上げた
GDV教育を知っていただき、広めていきたいと考えていますので。
よろしくお願いいたします。
ではお会い出来る日を楽しみにしています。
へ?企画ですかい?
一度も会ったこともない人の講演会を???
そりゃ、ちょっと無茶じゃないかい?
そもそも、本人から本当に返事が来ているのかしらん???
そう思いつつ書いた返事に更に速攻でレスをいただきました。
私は、未来を背負う日本・
世界の全ての子供達の為に十数年かけて、
命がけでこの教育を創り上げました。
これを創り上げるには自分の頂くお給料も注ぎ込みました。
誰かが本当に子供達の為の教育を創らなければ
「今の子ども達は・・・とか、教育はどうなっているのだ」と評論しただけでは
何も変わらないのです。
私が世界で初めて創りあげた「GDV教育」が
子供達の特効薬になる教育だと言う事も証明も致しました。
皆が望む「平和な社会」を創っていく為に、
後は多くの子供達にこの教育を呑んで欲しいと思っています。
この子供達の為に本当に良い教育が大切と
思われるのでしたら是非企画をして見ようという、
動いてみようと言うお気持がおありだと嬉しいですね。
大勢来られるような講演会に・・
・なんて構えずに、寺子屋ふうにこじんまりとした感じで、
本気で聞きたいと思われる方々が参加してくださる会で良いと思います。
何でも物事は自分が動いて挑戦してみて初めて進んでいくのだと思います。
そんな人々で溢れた時、初めて社会は変わり始めるのだともいます。
NHKや日本テレビや、フジテレビ等の番組や新聞等の報道の方々も
一度も会ったこともない私を信頼して取材や執筆の依頼をして下さいます。
栃木市の市長・教育長さんも「MOKU」と言う本の太田の誌面を読んでくださっただけで、
お電話で、栃木に来て、このGDV教育を全ての市民に広めて欲しいと言われ、そ
の心意気が嬉しく4年目になりますが中学生に授業をしたり、教師や市民の方々
に授業をしています。人は信頼されているという事は大変嬉しいものです。
このGDV教育に感心を持っていただけて嬉しかったので、
ついつい私の思いを書かせていただきました。
あなたのような方がどんどん増えて行ってくれることを願っています。
ひゃー!!
熱い熱いよ!太田先生!!
多分、これはコピペの文章だろうけど、それにしても、
見事なまでに媚のない姿勢!
私は思いました。
教育者ってこうなんだ。と。
こうでなきゃとも。
てなわけで、太田先生をお招きするべく、
画策をこれから練っていきたいと思います。
あと、節操がないと突っ込まれるかもしれませんが
コンテンツが純粋に面白そうだと思ったので、
我が家も「虹色オンライン教室」もはじめちゃいました♪
お父ちゃん、考える教育、我が家も頑張るでー!!
大前研一曰く、
世界のどこに出しても通用する人間を育成する方法、
これは2つしかない。
ひとつは詰め込みの韓国方式、
もうひとつは考える北欧方式
かつての猛烈詰め込み式の勉強はもう、日本人には無理。
かといって、北欧型の考えさせる教育ができる人材が
日本にはきわめて少ないのだそう。
なので、それができる大学を自分で作ると言っていました。
この記事を読んで、ヨコミネ式やカヨコ式は、どちらかというと、
詰め込み式の教育に耐えうる基礎体力をつけようとしている
教育方法なのかもしれない。と、私は思いました。
彼らがもつ「世界に負けない日本」というコンセプトは、
競争が激しい社会で生きる為の訓練である。と。
今でも私は、これらのメソッドは一つの方法だと思っていますが、
やはりわが子に受けさせるなら北欧型の考える教育の方を希望します。
いっぽうで、自分で考える力を養うことがコンセプトの
チルドレン大学や虹色教室は、今のこの話のテーマでざっくり分けると
やはり北欧型の流れなのだと思います。
そして以前私が感銘を受けた本「りんごは赤じゃない」の
モデルとなった太田先生のGVD教育も
きっとその一つではないかと思います。
太田美恵子先生のGDV教育
http://home.e03.itscom.net/gdvi/gdvi.html
GDVはこんな活動をしている。
http://home.e03.itscom.net/gdvi/brazil.html
実は先日、私は太田先生の講演会に興味があるので
講演会の日程を教えてくださーいと軽い気持ちで
私はメールを送ってみました。
すると、こんな返事がかえってきました!!
大変嬉しいメールをありがとうございます。
「りんご・・・」を読んでくださったのですね。
人間が育っていく姿を見ることが出来るのは何にも変えがたい喜びです。
今も栃木に週に一度行き、先生方にGDV教育の指導をさせていただいています。
東京近辺の講演はまだ日時が決まっていませんがお話は頂いています。
もしお願いが出来ますなら、後田様が企画をして下さり、太田を呼んでくださいますとありがたいのですが・・・。
出来るだけ多くの方々に太田が十数年かけて創り上げた
GDV教育を知っていただき、広めていきたいと考えていますので。
よろしくお願いいたします。
ではお会い出来る日を楽しみにしています。
へ?企画ですかい?
一度も会ったこともない人の講演会を???
そりゃ、ちょっと無茶じゃないかい?
そもそも、本人から本当に返事が来ているのかしらん???
そう思いつつ書いた返事に更に速攻でレスをいただきました。
私は、未来を背負う日本・
世界の全ての子供達の為に十数年かけて、
命がけでこの教育を創り上げました。
これを創り上げるには自分の頂くお給料も注ぎ込みました。
誰かが本当に子供達の為の教育を創らなければ
「今の子ども達は・・・とか、教育はどうなっているのだ」と評論しただけでは
何も変わらないのです。
私が世界で初めて創りあげた「GDV教育」が
子供達の特効薬になる教育だと言う事も証明も致しました。
皆が望む「平和な社会」を創っていく為に、
後は多くの子供達にこの教育を呑んで欲しいと思っています。
この子供達の為に本当に良い教育が大切と
思われるのでしたら是非企画をして見ようという、
動いてみようと言うお気持がおありだと嬉しいですね。
大勢来られるような講演会に・・
・なんて構えずに、寺子屋ふうにこじんまりとした感じで、
本気で聞きたいと思われる方々が参加してくださる会で良いと思います。
何でも物事は自分が動いて挑戦してみて初めて進んでいくのだと思います。
そんな人々で溢れた時、初めて社会は変わり始めるのだともいます。
NHKや日本テレビや、フジテレビ等の番組や新聞等の報道の方々も
一度も会ったこともない私を信頼して取材や執筆の依頼をして下さいます。
栃木市の市長・教育長さんも「MOKU」と言う本の太田の誌面を読んでくださっただけで、
お電話で、栃木に来て、このGDV教育を全ての市民に広めて欲しいと言われ、そ
の心意気が嬉しく4年目になりますが中学生に授業をしたり、教師や市民の方々
に授業をしています。人は信頼されているという事は大変嬉しいものです。
このGDV教育に感心を持っていただけて嬉しかったので、
ついつい私の思いを書かせていただきました。
あなたのような方がどんどん増えて行ってくれることを願っています。
ひゃー!!
熱い熱いよ!太田先生!!
多分、これはコピペの文章だろうけど、それにしても、
見事なまでに媚のない姿勢!
私は思いました。
教育者ってこうなんだ。と。
こうでなきゃとも。
てなわけで、太田先生をお招きするべく、
画策をこれから練っていきたいと思います。
あと、節操がないと突っ込まれるかもしれませんが
コンテンツが純粋に面白そうだと思ったので、
我が家も「虹色オンライン教室」もはじめちゃいました♪
お父ちゃん、考える教育、我が家も頑張るでー!!
▼2009年12月17日
レイキその後
じつは色々書きたい出来事があったのですが、
仕事して、子供の相手を真面目にして、たっぷり寝てるので、
なかなかパソコンまでたどり着けませんー
でも、日々充実して生きてます。
その後レイキですが、毎日コツコツ起きた後と寝る前にしています。
たまに調子が悪いという家族にもしています。
風邪気味という旦那にすると、風邪をこじらせなかったそうで。
今の所他人に対しての効果は???ですが。
しかし、ちょっとびっくりしたのは、旦那の言葉。
「レイキをうけて君は変わった」
といわれました。
これはちょっとびっくりしました。
旦那はどちらかというと、スピリチュアル的なものは
斜めにみています。実証されてないものを
安易に信じるスタンスではありません。
レイキも、「まぁ君は言い出したら聞かないから。。」
という感じで反対しなかったという程度です。
なので彼のこの言葉にはびっくりしました。
実は以前、「最近私変わったと思わない?」と
旦那に聞いたことがありました。
チル大の活動を前のめりで1年半以上も続けて来て
自分の中では様々な変化を感じていたからです。
しかし、旦那は「いいや、全く」と。
その時はものすごく憤慨したことを記憶しています
そのことを思い出しつつ旦那に話すと、
「チル大の時にはなんだか自分の中へ中へ向かっている感じ。
今は周りに向かって実際に行動してる。表現が軟らかくなった」と。
これはちょっと驚きでした。
しかも、チル大の活動を止めたからではなく、
レイキを始めてから変わったと、彼自身が認めているからです。
もう10週間続けてるモーニングノート(朝起き抜けに書く日記)
を読み返すと、確かにレイキ前とレイキ後では書く内容に
変化がありました。
なんというか、レイキ前は心の残務処理に追われていた感じでしたが
レイキ後は分析と対策に気持ちがシフトしていることを感じました。
感情の部分を上手く処理することがしやすくなったのかもしれません。
自らが変化しないと説得力はもちませんが、
初めて1ヶ月やそこらでいとも簡単にレイキは
私にそのような変化をもたらしたのかもしれません。
また、自分としては仕事がやりやすくなりました。
職場に通勤は6年ぶりでしたが、緊張らしい緊張もせずにすみました。
それまでの私なら、勝手にプレッシャーを感じて、
肩にガチガチに力が入って妙にテンションをあげて
しまう様な所がありましたが、今はきわめて地味に自然体。
ずっと子育て、専業主婦モードで、最初は間違えたり、
ちょっとスピードが遅かったりしたのですが、
それを指摘されても、前なら指摘されたこと自体で
プライドを傷けられたような気になったり、
自分はダメだなぁーと必要以上に落ち込んだり、
意識が自分の内に行ってしまうような所がありました。
でも今はさて、どうやったら効率があがるか?
とすっと対策に頭がシフトしていました。
と、いうことで
週末にまた、レイキセカンドうけてきました!!
今度はどんな変化があるかな。
わくわく。
仕事して、子供の相手を真面目にして、たっぷり寝てるので、
なかなかパソコンまでたどり着けませんー
でも、日々充実して生きてます。
その後レイキですが、毎日コツコツ起きた後と寝る前にしています。
たまに調子が悪いという家族にもしています。
風邪気味という旦那にすると、風邪をこじらせなかったそうで。
今の所他人に対しての効果は???ですが。
しかし、ちょっとびっくりしたのは、旦那の言葉。
「レイキをうけて君は変わった」
といわれました。
これはちょっとびっくりしました。
旦那はどちらかというと、スピリチュアル的なものは
斜めにみています。実証されてないものを
安易に信じるスタンスではありません。
レイキも、「まぁ君は言い出したら聞かないから。。」
という感じで反対しなかったという程度です。
なので彼のこの言葉にはびっくりしました。
実は以前、「最近私変わったと思わない?」と
旦那に聞いたことがありました。
チル大の活動を前のめりで1年半以上も続けて来て
自分の中では様々な変化を感じていたからです。
しかし、旦那は「いいや、全く」と。
その時はものすごく憤慨したことを記憶しています

そのことを思い出しつつ旦那に話すと、
「チル大の時にはなんだか自分の中へ中へ向かっている感じ。
今は周りに向かって実際に行動してる。表現が軟らかくなった」と。
これはちょっと驚きでした。
しかも、チル大の活動を止めたからではなく、
レイキを始めてから変わったと、彼自身が認めているからです。
もう10週間続けてるモーニングノート(朝起き抜けに書く日記)
を読み返すと、確かにレイキ前とレイキ後では書く内容に
変化がありました。
なんというか、レイキ前は心の残務処理に追われていた感じでしたが
レイキ後は分析と対策に気持ちがシフトしていることを感じました。
感情の部分を上手く処理することがしやすくなったのかもしれません。
自らが変化しないと説得力はもちませんが、
初めて1ヶ月やそこらでいとも簡単にレイキは
私にそのような変化をもたらしたのかもしれません。
また、自分としては仕事がやりやすくなりました。
職場に通勤は6年ぶりでしたが、緊張らしい緊張もせずにすみました。
それまでの私なら、勝手にプレッシャーを感じて、
肩にガチガチに力が入って妙にテンションをあげて
しまう様な所がありましたが、今はきわめて地味に自然体。
ずっと子育て、専業主婦モードで、最初は間違えたり、
ちょっとスピードが遅かったりしたのですが、
それを指摘されても、前なら指摘されたこと自体で
プライドを傷けられたような気になったり、
自分はダメだなぁーと必要以上に落ち込んだり、
意識が自分の内に行ってしまうような所がありました。
でも今はさて、どうやったら効率があがるか?
とすっと対策に頭がシフトしていました。
と、いうことで
週末にまた、レイキセカンドうけてきました!!
今度はどんな変化があるかな。
わくわく。



